「勅使河原さんは1992年7月、かつて新体操の選手として活躍し、タレントとしても人気を誇っていた女性の婚約者として、記者会見に登場したのです。後に女性は洗脳が解けて脱会しますが、当時は統一教会の信者でした」 勅使河原氏と女性は翌8月、ソウルで開かれた合同結婚式に参加した。この時、歌手の桜田淳子氏も参加しており、2組の夫婦は記者会見を開いた。 「勅使河原さんは京都大学を卒業し、当時は大和証券に勤務するエリートサラリーマンでした。人気タレントだった女性に相応しい夫として、統一教会が宣伝に使ったのです。しかし彼女は、93年に統一教会からの脱会と結婚の“破談”を記者会見で表明しました」(同・記者) 一方の勅使河原氏だが、婚約発表や合同結婚式だけでも、マスコミの注目を集めるには充分だった。それどころか、女性に“家出”されても、カメラの前で「彼女は改宗しない。必ず僕と結婚します」と大見得を切った。 これが話題にならないわけはなく、当時、勅使河原氏の姿はテレビのワイドショーを中心に連日のように報道されていた。 さすがに女性との結婚が破局してからは、テレビで近況が伝えられることはなかった。とはいえ、当時の視聴者に鮮烈な印象を残したことは間違いない。
昔も今も“客寄せパンダ”
そんな勅使河原氏が突然、「教会改革推進本部本部長」として記者会見に臨んだのだから、多くの人が驚きの声を上げたのは当然だと言える。ツイートを引用しよう。 《まさかこの人物が30年ぶりに登場するとは驚きだ》 《統一教会は離婚したら地獄に落ちると言われてたけど、勅使河原さん大出世したのね》 《テッシー、懐かしい(笑) 嫁さんになるハズの体操選手に逃げられた悲劇の人と思ってたら、本部長にのし上がってた》 民放キー局の関係者は「統一教会は会見に注目を集めようと、勅使河原さんを起用したのだと思います」と言う。 「40代以上なら誰でも、勅使河原さんのことが記憶に残っています。“改革”をアピールしたい統一教会にとっては、とにかく世間の耳目を集める必要があった。会見で彼を抜擢するとは、知恵者がいるなと思いました。しかし、それにしても勅使河原さんは、昔も今も“客寄せパンダ”の役割が期待されているんですね」 確かに世間の関心を集めることには成功したようだ。だが、それで騙されるほど視聴者は甘くない。勅使河原氏には批判が集中した。会見の内容については、統一教会の問題に詳しい有田芳生氏や弁護士の紀藤正樹氏も問題点を指摘した。