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「刑務所に入ったおかげで幸せだった」 冤罪被害者が語る真意

「刑務所に入ったおかげで幸せだった」

冤罪被害者が語る真意

冤罪 布川事件

 

1967年に茨城県利根町で起きた強盗殺人事件で再審無罪が確定した桜井昌司さん(75)の半生を追ったドキュメンタリー映画「オレの記念日」が完成した。冤罪(えんざい)被害者が、無実の罪で収容された29年を「幸せ」と語る訳とは――。

桜井さんに記者が聞いた

 映画は、冤罪をテーマとしてきた金聖雄監督がメガホンを取り、再審無罪が確定する前年の2010年に撮影が始まった。桜井さんと各地の冤罪事件の当事者との交流や、音楽活動に打ち込む日常などを記録。刑事での無罪言い渡しを経て、捜査の違法性を認めた国賠訴訟の東京高裁判決が確定する21年9月までの軌跡などを描いた。

 冤罪防止を訴える講演を捉えたワンシーンで、桜井さんは「刑務所に入ったおかげで幸せだった」と語る。20歳で逮捕され、49歳で仮釈放となった後も長く、「殺人犯」のレッテルを貼られたままだった。なのになぜ「幸せ」と言えるのか――。真意を知りたくて、記者(長屋)は9月、桜井さんを訪ねた。

 1970年に1審・水戸地裁土浦支部無期懲役の判決を言い渡され、「人生は一度きり。不自由な中でも何事も全力でやって目の前の喜びを探す」と決意した桜井さん。刑務作業にも、刑務所内の音楽クラブの活動にも励み、「どんなに理不尽な境遇でも、喜びや幸せを得られる」と実感できたという。

 29年の間に両親を亡くした。「失ったことはたくさんある」とも吐露する。ただ「つらいことがあっても、それを乗り越えたことがうれしい。刑務所で全力で生きた日々が幸せの種になっている」と、現在の胸中を明かす。

 「一九六七年一〇月一〇日 夜風に金木犀(きんもくせい)は香って 初めての手錠は冷たかった」。映画のタイトルは、収容中から200編以上の詩をつづってきた桜井さんの一編「記念日」にちなんだ。「当時は、逮捕の日の苦しみを逆説的に例えた」と桜井さんは説明する。

 19年9月に末期の直腸がんが発覚し余命1年と宣告された今も、講演などで精力的に全国を回る。支える妻の恵子さん(70)は「映画を見てくれた人は、元気や勇気をもらったと言ってくれる。今日一日を大事に生きようと思ってもらえたら」と願っている。記者の前でも夫妻は柔和な顔でほほ笑み合った。

 

布川事件

 1967年に利根町布川で男性が殺害され、県警は桜井昌司さんら2人を別件逮捕後に強盗殺人容疑で再逮捕した。2人は捜査段階で殺害を「自白」。公判では否認したが、78年に最高裁無期懲役が確定した。2人は96年に仮釈放。2011年に再審で無罪が確定した。